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僕自身は、『ミオよ わたしのミオ』(岩波書店)が特に好きです。民話的でしかも舞台劇のようです。暗い観客席に座り舞台を見ているうちに物語の中に引き込まれてしまうような感覚になります。それは主人公ミオと親友ユムユムが、幾度も危険な目に合いそれを乗り越える場面のせりふ、そして少年たちが吹く笛の音の古いメロディーが繰り返されるためです。困難に立ち向かおうとする気持ちが、不安をしのいで最期の戦いに臨みます。主人公はストックホルム警察が捜索してる9歳の孤児、ブー・ヴィルヘルム・ウルソン。彼はパン屋のルンディンおばさんに頼まれたハガキともらったリンゴに導かれて本当のお父さんがいる「はるかな国」へ旅立ちます。お父さんは彼を本当の名で呼びます。「ミオよ、わたしのミオ」と。繰り返されるその声は、危険な冒険の旅に安心と勇気を与えてくれます。
もう1冊、僕が好きな作品に『さすらいの孤児ラスムス』(岩波書店)がありますが、このお話も孤児が主人公です。リンドグレーン作品に多くの孤児が登場するのには、彼女が未婚の母になったという背景があります。隣国デンマークで支援団体の助けを受けて出産し、里親にわが子ラッセを託さなければならない事情の中にありました。ストックホルムとコペンハーゲンを何度も往復してこどもに会いに行きます。ラッセが3歳の時に引き取りますが、大人の事情に振り回されるラッセの気持ちに深く心を痛めます。手紙に「あぁ、もう大人はぼくのことを好き勝手にするんだと悟ったようでした。その泣き声は今でもわたしの心の中にありますし、ずっと消えることはないでしょう。もしかしたら、その泣き声が、わたしにあらゆる面で子どもの味方をさせているのかもしれません。」(※)と残しています。この作品でもこどもの言い知れぬ不安、孤独、悲しみ、絶望感、疎外感、切ない希望、はるかな夢が語られます。ラスムスも孤児院を抜け出します。旅の相棒になったのは街から街へ村から村へ手風琴を鳴らして歌い歩く風来坊のラスカルです。この旅の終わりに叶うラスムスの夢を楽しみに読んでください。
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