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よもやま保育談議04 0歳児の「ふたり」って?



藤田進(以下、進):「ない」ってことがわかるって大事だね。一度獲得してしまうと「なかった時の感覚」を忘れてしまう。だから、例えば、0歳の感覚を見誤る。こどもの中に芽生えていないものに気がつく力。それは、芽生え始めたものに気がつく力でもあるわけだけど……。


松本崇史(以下、松):今さ、ダウン症の0歳の子いるのね。育ち、ゆっくりよ。そうするとなおさら見えやすい。


:さっき見せてくれた0歳の写真(よもやま保育談議03)。あの0歳の「ふたり」って、そこに何があるんだろうね?


:おー、そこね。超抽象的だと、心が生まれ出してる。共鳴とも言える。響き合い。笑い合うのよ。


:共鳴っていうの、いい表現だわ。共感とはさ、ちょっと違うよね?


:共感って、相手の身になるじゃん。

:そうそう。僕はさ、乳児はまだ個々で完結してると思ってる。


:うん。この時期はさ、こどもは個々だよ。大人が共感はするけどね。ライブ会場の隣の人みたいなことよ。ステージに向かって熱狂してるけど、隣同士は別個。


:だけど大人や親はさ、目の前の赤ちゃんと共感し合ってるって思っちゃうよね。


:最近の研究だと、赤ちゃんも共感性があるとか言うけど、ちょっと意味が違うなと思うね。


:赤ちゃんは親に共感しているか?っていうのは、共感の意味をもう少し分解しないと理解できなさそうね。この本(『驚くべき乳幼児の心の世界』ミネルヴァ書房)、もう1回ちゃんと読み込んでみるかな。わからないことばっかりだわ。


:「ふたり」の話に戻るけど、乳児がふたり。ここで何が起こってるのか?ってとこだよね。


:そう。何となく集まりだすのよ。しかも特定の子と。気が合いだす。



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驚くべき乳幼児の心の世界
「二人称的アプローチ」から見えてくること
ヴァスデヴィ・レディ 著 / 佐伯胖 訳
ミネルヴァ書房 / 品切中





 

松本崇史(まつもとたかし)
鳴門教育大学で保育・絵本を学ぶ。絵本屋を経験し、その後、任天会の日野の森こども園にて園長を行い、ほとんど事務所におらず現場にいながら、こどもたちと遊びを謳歌している。現在、おおとりの森こども園園長。雑誌『げんき』にて「保育ってステキ」を連載中 藤田進(ふじたすすむ)
好奇心や探究心をたっぷり使いながらこどもと日々を過ごせるように、そして、こどもとこの地球や社会をどのように分かち合うかを模索しながら、絵本やおもちゃの販売、庭しんぶんの発行、研修事業などを運営中。札幌第一こどものとも社代表。庭しんぶん編集長。3児の父。

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