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ありがとう、また来るね

対象児:4・5歳児 異年齢構成 時間:1時間 場所:保育室・園庭 2021年7月?日記録


記録

 クラスで育てていたツマグロヒョウモンが、羽化して蝶となっていた。「見て」「すごい」「かわいいね」と気持ちが高まる子どもたち。クラスの話し合いで、蝶は「ヒカリン」と名付けられ天蓋で飼うことになった。しかし、2日経っても左の羽が開き切らず、蝶は下の方に止まったままである。5歳児のYは特にその様子を気にかけ、「もう逃がしてあげる?」「ママの所に返そう」と言う意見がYや他児からも出始めた。保育者は、「ヒカリンをどうするか」クラスに相談をもちかけた。「このまま飼って育てる」と「ママの所に返す」の2つで多数決を採ることになり、6対2で、育てる方が多数となった。保育者は、「ママの所に返す」に手を挙げたYに理由を聞いてみた。「だってママに会えないのはかわいそう」と言う。その言葉にIが、「でもヒカリン飛べんやん。飼ってたら元気になるかもしれん」と言う。「なるほど。育てて元気になったら、ママの所に返すってこと?」と保育者が聞くと、Iは頷き、他児も納得した。

 話し合いから数日後、蝶は天蓋の上まで飛べるようになっていた。子どもたちからも、「ヒカリンすごい」「もう元気になったんじゃない」と声が上がる。再び、クラスで「このまま飼い続けるか」話し合い、Yを中心に「もうママの所に返してあげよう」と話が進んだ。Yは天蓋に入り、蝶を両手で包み込むと、園庭に出て空に掲げるようにして両手を開いた。蝶はYの手に止まり、しばらく羽を上下に動かした。「あれ、飛ばないね」「やっぱり飛べないのかな」と話した途端に飛び立ち、Yたちの頭上をぐるっと回った。そして、一度園庭の階段に止まったかと思うと、すぐに園の隣にある神社へと飛んでいった。その日のサークルタイムで、保育者が「ヒカリン、すぐに飛んで行かずにみんなの上で回ってたよね。私は何か言ってるみたいに見えた」と話してみた。子どもたちは、「『ありがとう』って言ってたんちゃう」「ヒカリン階段に止まったやろ。あれは『また来るね』って言ってたんやと思う」「もうママに会えたかなあ」と想像を巡らし、その場があたたかい空気に包まれた。


省察

①基盤的環境:「植物・動物」春の植物(ビオラ・パンジー)、ツマグロヒョウモン

ビオラやパンジーは、ツマグロヒョウモンが好んで集まる植物である。その環境があることで、幼虫を見つけ、エサを与え、蛹から羽化までの成長を観察することが可能となった。また、一見黒い毛虫のような幼虫が、蛹になると金色の模様が光り、「本当に蝶になるのか」「どんな蝶なのか」と子どもたちの興味が惹かれていった。


②遊びの種類:飼育・観察

本園は、今年の4月に開園したばかりである。子どもたちは、これまでに蝶の成長を見たこともなければ、“ツマグロヒョウモンがどのような蝶か”さえ知らない様子だった。羽化したばかりの蝶は、蛹の頃の金色模様が羽に残り、子どもたちはその美しさに魅了されていた。


③誰が遊びのイメージをリードしたのか:Y、保育者

「ママに会えないのはかわいそう」等と、蝶を擬人的に捉えるYの意見にクラス全体が巻き込まれていく。保育者は、話し合いをコーディネートしながら蝶とのかかわりを紡いでいった。


④考察

幼虫から蛹になった時、いつ蝶になっても羽を傷めることがないよう壁に貼りつけていた。子どもたちは、“ほんとに蝶になるのか”不思議そうに観る様子が窺えた。いざ羽化すると、蛹の殻を綺麗に残して蝶が姿を現し、その模様の美しさや可愛らしさに、子どもたちは時を忘れて見入るようだった。しかし、子どもたちにとっては「蝶は飛ぶもの」であるが、2日経っても飛ばずにいる様子に「なぜだろう」と思いを巡らせる。そうするうちに、「このまま閉じ込めておくのはかわいそう」「蝶だってママに会いたいかもしれない」という気持ちを抱いたと考えられる。蝶を擬人的に理解し思いを寄せるYに対し、Iは別の視点から“そもそも飛べていないのに逃がしてもママには会えないのではないか”と意見を述べている。幼虫の時から飼育し、蝶となったのはクラスで初めての体験で、どの子も「ヒカリン」に対する関心は高かった。そうした思いを基に友達と話し合うことで、自分の考えを言葉にすること、それを聞いてもらう喜び、友達の考えのよさに気づく等の一つの体験となった。

 蝶は、子どもたちの思いが通じたかのように飛ぶ姿を見せ、その姿がまた、「もうママの所へ返してあげられるのではないか」という子どもたちの考えを引き出した。Yの手から蝶が飛び立った瞬間、子どもたちの表情は一変し、自分たちで蝶を育ててあげられたことへの喜びや満足感に満ちていた。

 こうした体験を通して、子どもたちは次第に人とは違う生き物の特性に気づき、生き物の側(相手軸)に立って思考を巡らし、生命を大切にしようとする態度を育んでいく。基盤的環境としてのビオラやパンジーが、毎年保障されていくことの重要性が見てとれる。


遊びのアプローチ

「遊びへの想いを保障する」「提案やヒントを投げかける」(①)

蝶の名前を決めることで、より親しみを持って関われるのではと考えた。

「共に話し合う」「協同する体験を保障する」(②⑤)

「子どもの想いに共感する」(③)

ただの多数決で終わらず、一人一人の想いも大切にしたいと考えた。少数派の意見を聞くことで、新たな考えに気づいたり、考えを深めたりすることにつながった。

「代弁する」「わかりやすく説明する」(④)

Iの言葉のニュアンスから保育者が言葉を置き換え、Iの考えを確認した。

「提案やヒントを投げかける」「遊びや生活を言語化し自分たちの体験を確実なものにする」(⑥)

蝶がすぐに遠くへ行かず、子どもたちの頭上を飛び回る様子は、まるで飛べたことを喜び「ありがとう」と言っているようだった。“階段に止まったのは「また来るね」だったのでは”という子どもの意見も、本当にそう思えてくる。クラスみんなで話し合いを重ね、大切に飼育できた喜びや満足感を改めて共有する時間となった。



ほかの事例
 
松本崇史(まつもとたかし)
鳴門教育大学で保育・絵本を学ぶ。絵本屋を経験し、その後、任天会の日野の森こども園にて園長を行い、ほとんど事務所におらず現場にいながら、こどもたちと遊びを謳歌している。現在、おおとりの森こども園園長。雑誌『げんき』にて「保育ってステキ」を連載中
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