Q. 「怒る」と「叱る」の違いって何ですか?
- せいかつとあそび
- 2020年4月1日
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A
こどもとの関係のご質問としてお答えします。まず、「怒られる」「叱られる」側と「怒っている」「叱っている」側を分けて考えます。「怒られている」人は、『原因は自分がつくったのだからしょうがないけど、そこまでカッカしなくてもいいじゃないか。まして「ゴツン」とやらなくたって!』と、心の中で思っています。「怒っている人」は、「思わず怒鳴って、それにたたいてしまった。悪いことをしたのはあの子だけど、自分も感情的になってしまった。やり過ぎてしまったかもしれない。今度からはわかるように話をしよう」これは「怒ってしまった」側の反省も含めた状態。
次に「叱られている人」は、『はいはい、わかりました。あなたの言うとおりです。確かに私がやりました。悪いのは私です。「本当に分かっているかって?」はい、わかっています。でも、もう一度同じことが起こったら絶対にやらないなんて約束できない』と、心の中で思っています。「叱っている人」は、「悪いことは悪い、とちゃんと言って聞かせなきゃ、あの子のためにならない。少しくらい痛い目に合わせないとわからないし。将来のために必要なこと」これは「叱った」側の理屈で相手を従わせる論理です。
「怒る」ほうが感情的で「叱る」ほうは論理的なんて、区別しても何の意味もなくて、どちらも力関係の差の大きい、抵抗できない相手に対するやや暴力的な接し方だと思います。
僕は長男、次男、三男、四男に対しては、「怒る」も「叱る」もしていました。よく考えていなかったからです。五男が生まれた頃から考え始めました。児童精神科医の佐々木正美先生とお会いし、著書を読んだことがきっかけでした。「しつけと称して理屈でねじ伏せ、暴力さえも正当化して叱ることが、大人の身勝手な考え方だ」と気づきました。6番目に生まれた長女、7番目に生まれた六男に対しては、「怒る」「叱る」をほとんどしなくなりました。泣くにも笑うにも理由があり、機嫌が直ってから話せば、大抵のことはわかるのだと実感したからです。
質問者さまへ。「こどもに何かを伝えたい時は、気持ちに寄り添い、気持ちを知るための努力をすることが、怒るよりも叱るよりも必要だ」と、今の私は考えています。
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